「いい物くらい自分で決める」

友人夫婦が、デザインと出版をしている雑誌FREAK PIECEの
第二弾がお披露目・発売開始された。
 (Click!) 

僕は、第一弾「何かじゃないもの」に参加をしています。
 (Click!) 


前回の冊子が出てからも、二人には何度か会っていたので、第二弾を作ることは聞いていた。
僕もお声がけいただいたけど、その当時は、「物」というテーマで何かピンとくるものが
自分の中でなかったので、参加はしなかった。
今日、instagramでの完成した雑誌の写真と紹介文を見たときに、
今さらだけれども、参加しておけば良かったかなと思っている。

まだ中身も見ていないけれども・・・。

自分の中で「いい物」ってなんだろうなぁと考えたくなって、
久しぶりに日記を書きたくなった。日記というか備忘録のようなものかな。


僕にとってのいい物は、人からもらったとしても、
自分で買ったとしてもずっと手元に残っているものだろうか。
なんとなく心揺さぶられているものや、人の温もりが残っているものは手放せない気がする。

いつも持ち歩いているものとか身につけているもの、
生活する中で使っている道具など、僕の中で「いい物」はたくさんある。
家族で昔から使っているしゃもじ、最近愛用し始めたボールペン。いつも持ち歩いている
リュック。
どれも僕にとってのいい物だけど、何か一貫したもので雑誌に参加するとしたら、
少し角度がずれているかもしれないけど、「手紙」のことを書くかもしれない。


つい最近も引越しのハガキを出したのだけれども、お返事が何通か来た。

LINEですぐに連絡をくれる人、メールで連絡くれる人、何も返事はない人。
ハガキや封筒で手紙をくれる人。

やはり、手紙で出しているので、手紙で返事がくると嬉しい。
自分が出した手紙に対するお返事の手紙には、何か特別なものを感じる。

手紙を出してから、日を置いてやってくるあいつ。
ポストをあけたときに、郵便受けから覗いて何かあることを確認する瞬間。
あの人からの手紙だとわかった瞬間。
封をあけて、中身を見る前と後。
読み終わった後の余韻。

どんな買い物にも変えられないものだと思う。

ちゃんと郵便局の消印も残っているので、いつ来たものかもはわかる。

人によって選ぶ封筒や便せん、切手も違う。
こんな字を書くんだと、人が生み出すフォントも面白い。
そして何よりはそこに書いてある、ただ自分だけに向けられた「言葉」。

その手紙たちの写真を撮ってもらい、文章も一緒に・・・
ということはやはりできないし、やりとりした二人だけの秘密なので、今回は参加できなかったかな。
やりとりした人たちの分だけ、いい物が、僕の手元にはたくさんあります。


ただ一つ何かって言われたら、それは、あなたからもらった「手紙」です。