小田急線の車内で揺られている。
平日とは違い、週末の休日はわざと各駅停車にのって新宿まで向かう。

わざと各駅停車に乗るのは、平日の満員電車とは正反対の過ごし方が
できるからだ。小田急線に乗っている人ならわかってくれるだろうか。
ゆっくり本も読めるし、座ったまま居眠りもできる。

今はちょうど祖師ケ谷大蔵駅を通過したあたりだろうか。
成城学園前駅で急行に乗り換えず、そのまま乗っていた。

考え事をしていて、ふと、無職だった時の頃を思い出す。
もうつぶやかなくなったツイッターを見返していて、過去のつぶやきから記憶が蘇る。

思うように毎日を過ごしていた。
ただ、なるべくダラダラしないように早く起きてどこかに出かけるようにした。
今までの日常と変わらないように過ごすようにした。

ほんとに素晴らしい時間だった気がする。

2016年12月末日から2017年の3月12日まで。
この80日の間何をしていたのかは、もう断片的にしか覚えていない。
特に記憶に残っているのは、年末に年賀状を初めてゆっくり書いたこと。
DVDを借りて映画をたくさん観たこと。
彼女の個展準備をせっせと手伝っていたこと。くらい。
転職活動も絞って活動していたし、自己都合退職だったので失業保険のこともあり、
働きもしなかった。今思うと、ニートだな。


活字ではなく、何も考えず映像に触れたいと思い、
この期間に会った友達からオススメを聞いては、その中でピンとくる作品を観た。
’’エターナルサンシャイン’’と’’Somewhere’’が印象に残っている。
’’エターナルサンシャイン’’は3回くらい繰り返し観た。
’’Somewhere’’は、今でもたまに観るようになった。これからも観たい映画。
空虚な映画が昔からすきだ。邦画でいうと’’リリィシュシュのすべて’’のような。



たまに、自分は自分のことしか考えられていない(というより自分のことしか考えたくない)
期間というのがあって、自己嫌悪をしてしまうときがある。

この文章を考えているときに、実家に帰っている父親からメールがきた。

「今、家にいる?」
「いないよ。出かけてる。どしたの?」
「植物に水をあげてほしくて。」

この日の関東は、カンカン照りの猛暑日だった。

父親が大切に植物を育てていることを知った。
確かに水はあげていた気がするけど、少し家を空けていて、この猛暑日で心配になったのだろう。
胸がキュっとなる想いで、植物の写真を撮りたくなった。


こんなやりとりから、飛躍して自分の父親への接し方や普段の自分のふるまいに
不安を憶えた。
遠く離れた場所から、植物のことを心配する父親から、何かを学びとった気がする。


こんな風に時々、胸がキュっと締めつけられるときは、みんなあるのだろうか。
僕は不安を感じる時間が、一定の割合である。
きっかけはわからないけど、何かを想起し、自分に重ね、起こってもいないことに不安になるのだ。