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公開するまでもないとりとめもない日記だなと思って、去年、
日記をタイピングしては、何度も「公開する」ボタンを押さなかった。

mixi時代から続いている、たまに私情をインターネット上に晒し出す行為は、
もうしなくなるかもしれない。
去年は、Facebookもtwitterも、アカウントを消してしまった。

何も生活に不便はしないし、多くの時間を得た気がする。
情報に左右されずに、なるべく人を辿って、新しいところにはどんどん出ようと思う。

ネットに載っているような2次情報や3次情報でなく、自分が直接見て感じた1次情報を
もっと得ていきたい。


2017年は、2016年の末に仕事を辞めてからそのまま働かずにゆっくり過ごす始まりだった。
3月の誕生日翌日に新しい職場での仕事が始まった。
仕事が楽しくて、人生で一番ストレスのない生活を送ることができた気がする。

11月に引っ越しが決まり、12月末に新しい街へ移り済んでいる。

職場とか環境は変えると、やはり人生が流転する。

同じ場所でもう撮ることもなくなってしまう、花も、また新しい家で
撮り始めます。

今年はちょっと展示したいな。
小田急線の車内で揺られている。
平日とは違い、週末の休日はわざと各駅停車にのって新宿まで向かう。

わざと各駅停車に乗るのは、平日の満員電車とは正反対の過ごし方が
できるからだ。小田急線に乗っている人ならわかってくれるだろうか。
ゆっくり本も読めるし、座ったまま居眠りもできる。

今はちょうど祖師ケ谷大蔵駅を通過したあたりだろうか。
成城学園前駅で急行に乗り換えず、そのまま乗っていた。

考え事をしていて、ふと、無職だった時の頃を思い出す。
もうつぶやかなくなったツイッターを見返していて、過去のつぶやきから記憶が蘇る。

思うように毎日を過ごしていた。
ただ、なるべくダラダラしないように早く起きてどこかに出かけるようにした。
今までの日常と変わらないように過ごすようにした。

ほんとに素晴らしい時間だった気がする。

2016年12月末日から2017年の3月12日まで。
この80日の間何をしていたのかは、もう断片的にしか覚えていない。
特に記憶に残っているのは、年末に年賀状を初めてゆっくり書いたこと。
DVDを借りて映画をたくさん観たこと。
彼女の個展準備をせっせと手伝っていたこと。くらい。
転職活動も絞って活動していたし、自己都合退職だったので失業保険のこともあり、
働きもしなかった。今思うと、ニートだな。


活字ではなく、何も考えず映像に触れたいと思い、
この期間に会った友達からオススメを聞いては、その中でピンとくる作品を観た。
’’エターナルサンシャイン’’と’’Somewhere’’が印象に残っている。
’’エターナルサンシャイン’’は3回くらい繰り返し観た。
’’Somewhere’’は、今でもたまに観るようになった。これからも観たい映画。
空虚な映画が昔からすきだ。邦画でいうと’’リリィシュシュのすべて’’のような。



たまに、自分は自分のことしか考えられていない(というより自分のことしか考えたくない)
期間というのがあって、自己嫌悪をしてしまうときがある。

この文章を考えているときに、実家に帰っている父親からメールがきた。

「今、家にいる?」
「いないよ。出かけてる。どしたの?」
「植物に水をあげてほしくて。」

この日の関東は、カンカン照りの猛暑日だった。

父親が大切に植物を育てていることを知った。
確かに水はあげていた気がするけど、少し家を空けていて、この猛暑日で心配になったのだろう。
胸がキュっとなる想いで、植物の写真を撮りたくなった。


こんなやりとりから、飛躍して自分の父親への接し方や普段の自分のふるまいに
不安を憶えた。
遠く離れた場所から、植物のことを心配する父親から、何かを学びとった気がする。


こんな風に時々、胸がキュっと締めつけられるときは、みんなあるのだろうか。
僕は不安を感じる時間が、一定の割合である。
きっかけはわからないけど、何かを想起し、自分に重ね、起こってもいないことに不安になるのだ。



僕のHPの写真は、愛用している京セラのCONTAX T2とKODAK SUPERGOLD400の
フイルムの組み合わせである。

今日、ひさしぶりにフイルムを買おうと何気なしに、新宿西口の
ビックカメラにいったら、いつもあるはずの黄色くて小さい女の子が
写っているパッケージが見当たらなかった。

え?うそ?と思いつつも、店員さんに

「KODAK SUPERGOLDは、もう店頭にはないですか?」
と聞いたら、

「あ、もうないかもしれないですね〜、生産終了しましたからねぇ」と
言ったので、

「え!!??」
と叫んでしまった。

急なお別れを告げられたようで、ショックすぎて路頭に迷うところだった。

「他のお店にないですか?!」と聞いても
もうビックカメラにはないという。

その足ですぐにヨドバシカメラのカメラ館に行ったけれども
どこにもなく、緑色のパッケージばかり。

カメラのキタムラにいくも何もなし。


iphoneもデータ制限がかかってしまって、ネット通販もろくに調べられない。

家について、やっとネットでなんとか期限切れ品だけれども
10本買うことができた。


別にこのフイルムでなくても写真は撮れるんだけれども、
プリントで調整がある程度はできるんだけれども、

なんとなくずっと使い続けてきたものがもう使えなくなるということは
なんとも悲しいし、気力をなくす。


ずっと長く付き合っていた大好きな恋人と別れるような感覚だろうか。
僕はあまり人と長く、このフイルムのように5年以上付き合った経験はないけど、
そんなショックと同じような気がする。

慣れや依存というものは怖い。


イチローが毎日朝カレーを食べるような、
僕にとってはずっと同じルールで同じクオリティコントロールができるように使ってきた
から、これからどうしようか困る。

今までと同じようなプリントの質感や色味を再現できるのだろうか。
それに近いフイルムを選び、そしてさらにそれをmonogramの尚代ちゃんに
お願いしなければならない。


フィルムで写真をちゃんと撮り続けて、5年。
ついに、フイルムの終焉はすぐそこかもしれない。

それが終わるまでは、僕は意地でもデジタルカメラを買わず、
Contax T2を使い続けて撮ろうと思えた記念日だ。

2017.4.27
半年間くらい、いろいろと悶々と考えていた。

写真家としての活動を。

写真を職業としている人たちのことやアートフォトのこと、
写真家として活動している人たちのこと、現代写真や、世相など
色々ひっくるめて、全部1周してたどり着いたのは、

やはり僕は自分のために写真を撮るんだなと。

例えば、1万人の人に自分の写真が知れ渡るよりも、
直接出会った100人の方に自分の写真の意義が伝われば、僕にとっては
それが一番幸せなんじゃないかという結論に至った。

僕は生まれてこの方、写真の専門学校にもいったこともないし、
コンペにも出したことない、受賞歴も何もなし、
写真史のことはまだまだ勉強中。

実績は何もないし、何かそこを通した世界を味わったわけでないけど、
やはりそこまでして、興味が今までもずっと湧かない。


でも、同じ写真をやっている人たちと会話して、自分の作品をきちんと説明
できる素養はしっかりと身に付けたいと思っている。


無職で転職活動中のときも、写真を仕事にしないの?とよく聞かれた。
自問自答しても、その考えにはなんだか行き着くことができなかった。


僕は死ぬまで写真を撮り続ける。

今はこれだけを胸に、日々写真を撮り続けて、その中で生まれた作品を
できる限り、自分が出会った人たちに届けたい。

そして、また展示や写真集を通して、僕の写真を知ってもらった人に
届けていきたい。


写真を意識して撮るようになって5年。

今の世の中の、リアルな今を発信し続ける世の中に反逆して、
もう少し先の未来のために、時間をかけて築き上げていくものを大切にしていきたい。

例えばあと5年。
フイルム産業が生き残っていれば、フイルムで撮り続けていると思う。


昨日、中目黒のPOETIC SCAPEで購入した、渡部俊哉さんの18monthsという
作品を見て、ふと思いました。

2011年の震災時に撮られた写真を眺めて、ときが経てば経つほど、
写真の力はその強度を増すと感じて。

今日、夕方18時くらいにLINEが入った。

「お願いがあるから、仕事終わったら連絡ちょうだい!
駅で待っていてー。」

なんだろうと思いながら、仕事をしていて結局21時になって
しまって、やっと連絡をとった。

駅に着いて待ち合わせると、

「お願いっていうか、今日お母さんの命日でしょ?」と
チューリップの花束をくれた。

不意をつかれた。

きっと、お母さんも喜んでいる。いや大喜びだと思う。
キャッキャッ、はしゃいで喜んでいるような気がする。

こうして、しばらく思い出しもしなかった、母の笑顔や仕草が頭の中に浮かんできた。
母が僕にうれしそうに話しかけてきた。

僕は何かといつも話しかける。
そうするとこうやってまた言ってくれるだろうと想像してよく話すのだ。
2、3回の言葉を交わす妄想だけれども、本当に話しているように感じるから
きっとそう言っているんだと思う。

決して、僕に対してはネガティブなことは言わなかった気がする。
小さい頃から、ゆうすけなら大丈夫と、いつも言ってくれたり
励ましてくれた記憶があるから、僕はどんなことがあっても、
くじけそうになっても必ず折れないではいあがって頑張れる。

そう育ててくれたことには本当に感謝している。

もう12年が経つ。


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1月に9周年を迎えた、学芸大学にある写真屋monogram。
僕のこのサイトの全ての写真は、ここで現像・プリント・データ化してもらっています。


僕が初めてmonogramにいったのは、2011年だった。
ちょうど震災が起きる一ヶ月前だった気がする。

今は2017年。僕にとっては6周年。
僕も年をとっていくし、スタッフの皆も年をとっていく。


僕が写真家として活動できているのも、このお店のプリントのおかげである。
フイルムがなくならない限りは、ずっとこのお店は営業してもらいたいし
いつもプリントしてくれている尚代ちゃんにはいてもらいたいと思っている。

もちろん、彼女にも人生があるから何も強制はできないけど。
それくらい依存してしまっている。

ちょうど2,3年前くらいから記念に花束をプレゼントしている。
今年は、クリーム色のスプレーバラと淡いオレンジ色のダリア。

いつまでも、この笑顔で迎えて欲しい。

だから写真を撮り続けているっていうこともあるのかもしれない。

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触れ合いや対話、そして出会うべくして会う時を待つこと。

自問自答を繰り返してきて、一周してそれが大事かなという結論が出てきた。

3/2.3の2日間、新潟に行ってきました。
詳しい旅行記なるものは、カメラで撮った写真と合わせて紹介していきたい。
いまのところtumblrで旅日記サイトを作ろうと考えている。


新潟は、僕の母親のお母さん、つまり母方のおばあちゃんの故郷である。
長岡市は栃尾の一之貝という地域らしい。

僕はずっと、新潟がおじいちゃんの故郷だと思っていた。
詳しい場所を知らなかったので、親戚に電話して聞いたら、その場所だという。
おばあちゃんも母もいないので、過去の記憶を手繰り寄せることも出来ず、
勘違いが旅に行く前日に晴れたのだ。


冒頭の文章で、言ったことに戻ると、
この新潟の旅が、とても充実して楽しかったので、なんでそう思えたんだろうと
振り返って出た言葉だった。


もちろん、
行った場所や泊まった場所、食べたご飯が美味しかったからというのも理由だけれども、
何よりも一番だったのは訪れたほとんどの場所で、そこにいる人たちと会話をし、
時間を共にしたからだと思う。

自分が見ていた景色は写真にうつせば記録として残るけど、
記憶に残るのはやっぱり人と過ごした"時間"な気がする。


思えば、遠く離れた土地で、会った人すべてが初対面。
住み慣れた日常から離れて、初対面の人と対話をして、言葉を交わし、
その土地にいる人たちに、その土地のことや場所を教えてもらい、
そしてまたその場所へ行く。



インターネットや旅雑誌に載っているようなものでなく、人を介して
知る情報が一番、理にかなっている気がする。



新潟へは、ずっといきたいなと思っていて、やっと来れた今回の旅。
タイミングが重なり、今だ!という時に行けて良かった。
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ソフィア・コッポラの映画、Somewhereがすんごい良かった。

セリフがほとんどなくて、映像描写と音楽から伝わってくる心地よい作品でした。

色々書こうと思ったけど、うまくかけない。


 (Click!) 

これを見てもらうとわかるかも。
ここ最近は、TSUTAYAかBOOK OFFによく行く。

TSUTAYAは地元か経堂か渋谷か代官山だ。
BOOK OFFは、渋谷、町田に行く。

BOOK OFFはわかる人にはわかると思うけど、地域によって
品揃えが全く異なる。
中でも今のところ渋谷は一番いい気がする。普通の書店にほぼ匹敵する。
ジャンルにもよるけど、文庫本や新書とかすごい気がする。

僕はちくま文庫が好きなんだけど、渋谷店は興奮ものだ。
赤瀬川原平もあるし、岸本佐和子も、とにかく穂村弘や斎藤孝の〜力シリーズも
ほとんど取り揃えられている。
ハードカバーもビジネス書も網羅している。

それに加えて、渋谷店の商品ディスプレイが一番見やすい。
商品量や質もいいので、他の店舗と比較してやりやすいのだろう。
僕が一番好きなのは、文庫や新書のエリアだ。
ここのボリュームが他のどの店舗よりも充実していて、お腹いっぱいになれる。

先日、知り合いの方とも渋谷店はすごいという話になって、妙に安心した。


TSUTAYAは、最近映画を観るようになって頻繁に訪れる。
こちらもわかる人にわかると思うけど、地域によって品揃えは当たり前だが、
レンタル料金が全く異なる。
料金表を見て、え!?と思うくらい値段が違うので、びっくらこく。

知る限り、代官山蔦屋書店は、郵送返却が無料だ。
ただ、レンタル料金が高い。DVD4枚で1,000円。

渋谷店はこの前、旧作だったら4枚で400円だった。郵送返却が100円だから
プラスしても500円。代官山の半額で済む。
渋谷店は、盲点だったのが、CD、DVDともに充実っぷりがすごい。
映画であろうと大抵のものはある。
これはないでしょー?というのも在庫検索でひっかかってくれる。

ジャンルックゴダールの「彼女が知っている二、三のこと」もあった。
興奮したのは、国別の監督や俳優でカテゴライズされた棚があったのだ。
大抵は、ドラマ、SF、ラブストーリー、アクションくらいの括りだけれども、
渋谷はただものでない。


嬉しいことは嬉しいけど、その分多くの人が訪れるので、借りられていることが
多いのも難点。


でも総じて、BOOK OFFもTSUTAYAも渋谷店がオススメです。
風邪をひいた。

僕は、扁桃腺が大きい。
風邪をひくときは大概、扁桃腺が腫れたら、風邪ですよのサイン。

会社辞めてからずっと体調を崩していなかったのだけど、
ついに崩してしまった。
と言っても、熱もないし咳もほとんで出ないので、辛くはない。

4日前からそんな表情で、今日になっても症状が変わらないので
ついに今日病院にいってきた。

今住んでいるところにかかりつけの病院がないため、小さい頃から
住んでいた場所にある病院にいった。

小田急線に揺られて、久しぶりに駅に降り立つ。
いつ降りても懐かしい。

その病院は昔、外観が古い一軒家の一室にある耳鼻科で、
当時おばあちゃんがやっていたので、おばあちゃん先生と呼んでいた。
幼稚園の頃からたぶん高校生くらいまで、通っていたと思う。

途中、おばあちゃん先生が引退して、息子が引き継いでもう10年前以上前には
建て替えられて、内科を併設したクリニックになっていた。

だいたい喉や鼻の症状が出るときは、ここに来たくなってしまう。
この心理はいったい何なんだろう。

街並みもだいぶ変わっていて、歴史ある中華料理屋さんがなくなっていた。
とても悲しい。


そして、学芸大学にいってmonogramに現像を出しにいった。
今日はスタッフゆーみん一人。風邪だと伝えると帰り際にのど飴をくれた。

そのあとに、sunny boy booksへ。
鈴木いづみさんとヒロイヨミ社の展示へ。
テーブルの上にある原画の束がたまらなかったなぁ。

店主の高橋くんと話して、溜まっていたポイントカードを使って、
益田ミリの「最初のひとくち」と「世界は終わらない」
吉本ばななの「哀しい予感」を購入。
ポイント使ったので、50円で手に入った。
あと、箕輪さんのキラキラシールも購入。

さきほど、「世界は終わらない」を読み終えた。
僕は益田ミリさんの本が好きで、すーちゃんシリーズは読破した。
漫画で1ページ8コマなので、とても読みやすい。
ストーリー設定の親近感とすーちゃんのこういう人いるよね感。

僕は一人で色々と考え事したりするんだけど、これを読むと
やっぱり人間って心の中で、ぶつぶつつぶやいて生活してるんだぁ、
良かったぁと安心もした。


今回は男性が主人公なので、同じ目線で読めた。
しかも32歳で同い年。独身、未婚。目をつぶれない。
今が、転職の時期もあってなんか感慨深くなってしまった。

すーちゃんシリーズ、また読み返したくなったな。


さて、明日は西荻窪にいきます。